竜馬の神戸
最近、竜馬だらけだ・・・。
坂本龍馬、と書くべきだろうけど、私の中では竜馬のほうがなじみがある。
とにかく今年になって、やたらめったら露出度が高い竜馬。
去年かな、ふと思いたち神戸幕末ツアーをしたので
この竜馬ブームにあやかって、いまごろ紹介してみようと思う。
神戸幕末ツアー。
・・・別にJTBやら近ツリが企画したとかではなく。
なんのことはない、ただ自分ひとりで自転車にまたがり、幕末にゆかりのあるスポットを回っただけの話なのだが、
これが意外とたのしかった。
神戸といえば今でこそちょっと名の知れた観光地でもあり、都会でもある。
しかし、江戸時代、それも幕末に至るまでは、なーんにもないただの漁村だったらしい。
神戸という名前だって知ってる人はあまりなく、せいぜい「源平合戦の生田の森があるところ」ときいて、ふーんと思うくらいの場所だったらしい。
幕末前までそんなだった神戸が、なぜ明治維新後までのたった10年にも満たない短い間に、世界との貿易がもっとも盛んな港の一つとなり、海外の文化がいち早く入ってくる華やかな都市へと成長したのか。
竜馬が師とした勝海舟だ。
彼が、何もなかった神戸村の浜に、海軍操練所を作って、それが神戸の開港につながり、神戸の地価を上げたのだ。だから、神戸には勝海舟やら坂本竜馬の足跡が数多く残っている。
ある日ふと思い立ち、そんな彼らの史跡をインターネットで見ていたら、見つけたのが三菱重工の造船所内に残されている「和田岬砲台」。1864年に勝海舟によって設計された砲台が現存しているんだ・・・。
電話で予約すれば見学ができるとある。
電話してみた。今日行ってもいいですか?と尋ねると、少しひかれたが、許可がもらえた。
というわけで、その日の「神戸幕末ツアー/別名・竜馬の神戸」のはじまりだ。
まずは金星台から。
諏訪公園内にある。家から自転車で5分。
海舟が設立した神戸海軍塾の碑。
裏には勝海舟・・・
坂本龍馬、との文字が刻まれている。
そこから西へさらに5分ほど行くと、海舟が住居にしていた家が残されている。
家の前にある看板。
家の門前。竜馬も訪ねたことがあるとか、ないとか・・・。
和田岬への道すがら、湊川神社がある。
ここは言わずと知れた楠正成が祀られている。
楠正成なんて、時代も違うし竜馬や幕末と関係ないじゃないか、と言われるかもしれないが、
竜馬は、正成を尊敬していたらしい。
というわけで、正成の墓。
さらにその先に突如現れた大仏。これは予定外だったが、ヘンに真新しく目立っていたので、境内にお邪魔して見た。
するとこんなところにもまた正成の碑が・・・。
やっぱり、地元なんだなあ。
さて、そしてやっとついた三菱造船所の正門。
警備員さんに、予約していたものですと申し出ると、従業員のOLさんがヘルメットをかぶってママチャリに載ってやってきた。案内してくださるらしい。
広大な造船所内を、OLさんのママチャリについて走る。
これだけでも、かなり貴重な体験だ・・・。
そして、和田岬砲台。
正直、ちょっと感動した・・・。
普通なら中も見れるらしいのだが、あいにくこの日は入れなかった。
中の木の土台などが老朽化し、安全上、改築工事がおこなわれるらしいのだ。
次に向かったのは、メリケンパーク東の端にある操練所の跡碑。
ここが操練所の広大な敷地の西端だったらしい。
裏には、・所長 海軍奉行 勝海舟 ・塾頭 坂本竜馬 海援隊長 伊藤俊助 後博文 とある。
ここでは 「竜馬」だ・・・。
南へ少し行くと、網屋吉兵衛の碑。幕末の商人で、彼の進言により神戸に操練所がたてられた、とか、そんな人だったと思う。
NTTビルのわきにあるのが、もう一つの操練所の跡碑。
そして最後に向かったのが、ついでに寄った三宮神社。
神戸事件のあった場所。
幕末ではなく、明治が明けてからもまだ生麦事件みたいなことしてたんだな。
そのころの大砲。
とまあ、盛りだくさんな内容だった。
2009年1月5日、午後1:30~3:50の2時間半ほどの神戸幕末ツアー。
なんといっても、天気のいい日だった。
自転車での走行距離、約17kmなり。
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